足元の記憶をたどる旅へ ―「道」が教えてくれる、都留の物語

みち〜都留を行き交うヒトやモノ〜
新しい生活が始まる春。柔らかな風が吹き抜けるこの季節は、不思議とどこかへ出かけたくなりませんか。
毎日何気なく歩いている「道」。その一歩一歩が、実は何百年も前を歩いた誰かの足跡と重なっているとしたら…
今、ミュージアム都留では「道」をテーマにした企画展「みち 〜都留を行き交うヒトやモノ〜」が開催中です(2026年4月18日〜6月7日)。
「身近なテーマを通して、市民の方に自分たちが暮らす場所の歴史に興味を持ってほしかった」と語る学芸員の三浦さん。展示は過去・現在・未来の三部構成で、難しい歴史の話としてではなく、毎日歩く道のルーツをふと覗いてみる感覚で楽しめるようになっています。
城下町を繋いだ、人とモノのネットワーク
かつての都留は、甲州街道からは少し外れた場所にありながら、周囲の街道から人や物資が流れ込む物流の要となっていました。
四方を山に囲まれた地形だからこそ、わずかな平坦な土地を縫うように道が発達し、山を越えるための峠道がいくつも築かれました。

特に印象的なのは、かつて都留の人々は、塩や海産物を求めて遠く沼津まで往来していたということ。山を越えてやってきた都留の人々が、現地で厳しいやりとりを強いられることがあったといいます。それでも外の恵みを求めた人々の思いが、険しい峠道には刻まれているのです。
さらに、江戸時代の道には特別な役割がありました。徳川将軍家の御用茶を運ぶ「お茶壺道中」が通る公的な道としての側面。そして、富士山信仰の拠点として、多くの「富士講」の人々が宿場町である十日市場を賑わせた信仰の道としての側面です。人々の祈りや時代の権威が、このまちの道には交錯していました。

また、都留の代名詞ともいえる「郡内織(ぐんないおり)」などの織物産業も、道の存在なくしては語れません。

職人たちの手によって生まれた美しい織物は、険しい峠道を越え、各地へと運び出されたと言われています。道は、都留の手仕事を外の世界へと繋ぐ架け橋だったのです。
時代とともに姿を変える「道」
明治時代に入ると、道はさらに大きな変化を遂げます。馬が客車を引く 「馬車鉄道」 が登場し、現在の大月方面、さらには山を越えて御殿場方面へと物流が繋がりました。

単に人を運ぶだけでなく、産業を支える大動脈としての役割を強めていったのです。
馬車鉄道の登場によって、郡内織はそれまでよりも広い範囲へ運ばれるようになり、都留の産業にも大きな影響を与えたのです。
明治以降、都留は観光の通り道としての色合いが強まっていきます。やがて都留文科大学が生まれると、まちのかたちもまた変わりました。学生たちの日常を支えるために「都留文科大学前駅」が誕生し、江戸時代の人々には想像もできなかった新しい人の流れが、このまちに生まれたのです。
昭和30年頃まではまだ砂利道だった都留の道も、今では舗装が進み、鉄道や高速道路の整備によって利便性は大きく向上しました。リニア実験線の稼働や、公共バスの運行形態の変化(「AIつる〜と」の導入など)といった動きも、これからの都留の「道」のあり方を示しています。
教科書には載らない、道と橋が記憶していた「物語
展示の大きな見どころの一つは、江戸時代の「絵図」と現代の風景の比較です。数百年前の絵図に描かれた道のカーブやお寺の配置が、今もほとんど変わらずに残っていることがあります。

初めて展示を訪れる方におすすめの見方は、江戸絵図の中から「自分の家や知っている場所」を探してみること。今と重なる一点を見つけた瞬間、歴史は「自分とは関係のない過去」から「自分の足元に続く物語」へと変わります。
また、三浦さんが調査の中で特に印象に残ったというのが、田野倉にある 「甘酒橋」 にまつわるエピソードです。かつて富士講の参拝客に甘酒を売る人々で賑わっていたことが名の由来といわれるこの橋には、戦時中の記憶も眠っています。

96歳の女性が語ってくれたのは、「当時は木造だった甘酒橋を戦車が通ることができず、兵隊さんたちが大きな鉄板を敷いて渡らせていた」という生々しい記憶。教科書には載らない、道と橋が刻んだ生活の物語です。
展示のあとは、物語のつづきを歩こう
「道」のストーリーに触れたあとは、実際にまちへ出て歩いてみるのがおすすめです。
車で通り過ぎるだけでは見落としてしまうような「歴史の落とし物」が、都留の道には今もひっそりと息づいています。
① 城下町の面影をたどる「おさんぽルート」
・谷村町駅 → 勝山城跡(お城山) → 勝山八幡神社

展示室で見た江戸時代の絵図と、実際の風景を照らし合わせながら歩けるのが魅力。昔から場所が変わらないお寺など、数百年前のまちの設計が今も生きていることを肌で感じられます。
② 祈りの道の記憶をさがす「富士道ルート」
・十日市場の宿場町跡(上宿・下宿) → 田原の滝 → 夏狩・耕雲院周辺
かつて富士山を目指す人々で賑わった「富士道(ふじみち)」をたどります。 特に注目は、夏狩の耕雲院(こううんいん)近くにある 石塔。

そこには明確に「右は山道、左は富士道」と刻まれており、かつての旅人がこの分岐点で足を止めた情景が浮かんできます。

イベント情報
体験イベント「富士道歩き」(ミュージアム都留~東桂駅)
日時: 5月2日(土)10時~12時30分 ※荒天時中止
定員: 10名(事前予約制)
参加費: 100円(保険料)
持ち物: 歩きやすい服装、飲み物など
ギャラリートーク
日時: 5月3日(日・祝)、4日(月・祝)14時~14時30分
定員: 10名(事前予約制)
場所: ミュージアム都留
ギャラリートークは三浦さんいわく「あえて台本を作らないライブ形式」。展示パネルには載らない裏話や、さらに深いエピソードが聞けるかもしれません。
まとめ:足元から始まる新しい旅
毎日何気なく通っている「道」のあゆみを振り返ってみると、たくさんの人々の記憶や物語が積み重なって歴史を刻み、「道が」私たちの暮らしをこれまでも、これからも支えてくれることに気づかされます。今回の展示を見た後では、いつもの帰り道が少しだけ違って見えるかもしれません。
そんな「都留の見え方が変わる」体験が、あなたを待っています。
▶︎ミュージアム都留について詳しく知りたい方は、こちらの記事もあわせてご覧ください













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